ポリウレアの歴史

【ポリウレアの登場】
ポリウレアが最初に報告されたのは1948年のことです(Hill, R.; Walker, E.E. Trend of Crystalline Melting Points in Homologous Series of Aliphatic Polymers. Journal of Polymer Science, Volume 3, 1948, pp 609)。そして冒頭で述べたように1969年に米国政府機関で構造物補強への有用性が報告されました。

1969年のレポート

【射出成型技術の派生物として生まれたポリウレアのスプレーライニング技術】
ポリウレアのスプレーライニング技術は、1980年代初頭に開発され射出成形(RIM)技術の派生物として生まれました。ポリウレアのRIMは、様々なクルマの外装ボディパネルやバンパーカバーのパーツ製造に用いられました。GMのポンティアック各車(フィエロ、カマロ、ファイアーバード、トランザム)とコルベットなどではインパネにも採用され、フォードやクライスラーではピックアップトラックの荷台やフェンダーなどに使用されました。

米国から欧州へ

【米国での広がり】
100%固体ポリウレアスプレーエラストマー技術はTexaco Chemical社に勤務していた有機化学の専門家 Dudley J. Primeaux II氏を中心に同社で実証され、製品上市に至りました。Texaco Chemical社は1994年に化学大手のHuntsman社に吸収されました。Huntsman社のポリウレアの系譜は脈々と伝わっており、現在も同社はポリウレア供給の大手メーカーの一つです。

【米国PDAの設立】
25の米国特許、6つの欧州特許の発明者としてクレジットされているDudley氏は、Huntsman社を離れ、ポリウレアの普及に努めます。2000年にPDA(Polyurea Development Association 全米ポリウレア開発協会)を設立し、お互いには競合となる複数の企業が集ったポリウレアビジネスの協会設立に至りました。ポリウレアはポリウレタンのように2液硬化性樹脂なので、A液(イシシアネート類)とB液(アミン類)の2種類を混ぜて使うのですが、A液もB液も1種類ずつの化学物質でできているわけではなく、特にB液側は複数の化学物質で構成されているため、施工対象や施工環境などによってその構成が多様になります。PDAでは、化学メーカーのみならず、ポリウレア施工に欠かせない混合装置(リアクター)製造メーカーなどもメンバーとなって相互に情報交換をする一方、ポリウレア普及のための施工者教育に力を注いでいます。現在も、定期的に会合が開催され、施工者向けに座学だけでなくスプレー施工の実地研修も実施しています。

【欧州PDAの設立】
PDAの活動は欧州にも伝播し、2008年にEurope PDA(欧州ポリウレア開発協会)がベルギーのブリュッセルに設立されました。欧州にポリウレアが渡ったのはその前になるのですが、欧州での歴史は古くはなく、現在急速にその利用が広がっている状況のようです。Europe PDAのWebサイトでは、メンバーリストが公表されていますし、活動そのものが米国PDA以上にオープンです。